広島高等裁判所 昭和34年(ナ)3号 判決 1960年2月01日
原告 末田悦之助
被告 広島県選挙管理委員会
主文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は昭和三四年四月三〇日施行の広島県安芸郡矢野町議会議員選挙における当選の効力に関する原告の訴願に対し同年九月一二日被告のなした裁決を取消す。右選挙における西章の当選を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和三四年四月三〇日施行された広島県安芸郡矢野町議会議員の選挙に立候補した。同選挙において最下位当選人西章の得票は二〇六票とせられ、最上位で次点とされた原告の得票は二〇五票であり、その差は僅に一票である。
ところが西章の有効投票中には西名と記載された投票が一票(検乙第一号証)あるが、その投票は次の理由により無効である。
一、西名と記載された投票の名は公職選挙法六八条五号の他事記載である。同六七条後段によれば同六八条の規定に反しない限りにおいて、投票した選挙人の意思が明白であればその投票を有効とするようにしなければならないけれども、候補者の何人に投票したものであるかは投票の記載自体について判断すべきであつて、場合により当時の一般情勢を参酌することがあつても、無記名投票制度の下では特定の選挙人がどの候補者に投票する意思であつたかということをせんさくし、又憶測することは許されない。即ち西名と記載した投票の名は他事記載であり、西の一字があるから西章の有効投票と認めるわけにはいかない。若し西名の名が他事記載でないとすれば選挙人が記号、符号として他事記入をして悪質な投票をする場合に利用される虞があつて公明選挙を害すること甚だしい結果となるから同六八条五号はかかる弊害を防止するために設けられたものであり、本件の投票もその精神より観て無効である。
二、本件の町議会議員選挙と同一の日に施行された広島市議会議員の選挙に西名義美が立候補していたから西名と記載した投票は選挙人中同候補者の知已か又は広島市と矢野町とは交通も頻繁である関係上ポスター等を見ていた者があつて西名義美に投票するつもりでその氏を記載したものとも思われるので西章の有効投票と認めることはできない。
そこで右投票を西章の無効投票とすれば同人と原告の得票はともに二〇五票となり、西章は当然には当選せず、その当選は一応無効となるから、原告は矢野町選挙管理委員会に対し当選の効力に関する異議申立をしたところ、同委員会は同年五月一三日これを棄却したので、同年五月二五日被告に訴願したが、被告も亦同年九月一二日これを棄却する旨の裁決をしたがそれは違法であるから請求の趣旨どおりの判決を求める。被告主張の事実中本件選挙における候補者中に他に西又は西名という者がいなかつたことは認めると述べた。
(立証省略)
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中原告がその主張の町議会議員選挙に立候補したこと。右選挙において西章が得票二〇六票で最下位で当選し、原告は得票二〇五票で第一位で次点となつたこと。西章の有効投票中に西名と記載された投票一票(検乙第一号証)の存したこと、及び原告主張どおりの異議決定並びに訴願裁決のあつたことはいずれもこれを認める。しかし
一、本件選挙における候補者中その氏又は名に西名、西、名のどれかの字がつくのは西章だけであり、他の候補者は勿論選挙区内の選挙人にも西名の氏を称する者はない。それゆえ原告主張の西名と記載した投票は西章に投票しようとした選挙人が西の氏を正確に記憶しなかつたため西名と誤記したものと認めるのが相当である。同六七条後段の趣旨とするところは特段の事由がない限り選挙人は候補者の何人かに投票したものと推定すべしというのであるから、特段の事由のない本件においては西名と記載した投票はその記載より類推して選挙人の意思を推測尊重し、西章の有効投票とすべきである。原告は西名の名は他事記載であるというけれども、他事記載とは投票の秘密を阻害するためになされた意識的なものをいうのであつて、本件のような単なる誤記は含まれない。
二、次に本件選挙と同一の日に施行された広島市議会議員の選挙に立候補した西名義美は矢野町と何等の関係のない者であるし、広島市と矢野町との間には海田町、船越町、府中町があるばかりでなく、前記投票に判然と西名義美と記載していない点等に徴しても同六七条の特段の事由として無効と解すべきではない、
と述べた。
(立証省略)
理由
昭和三四年四月三〇日施行された広島県安芸郡矢野町議会議員選挙に際し原告が立候補し、右選挙において西章が得票二〇六票で最下位当選人、又原告が得票二〇五票で最上位の次点となつたこと。西章の有効投票中に検乙一号証の西名と記載された投票一票の存したこと。及び原告が右投票を無効として異議訴願をしたところ、その主張どおりの異議決定並に訴願裁決のあつたことはいずれも当事者間に争がない。
そこで本件において争われている検乙一号証西名と記載した投票の効力について判断する。
西名が何人かの氏名でなく氏だけの意味で記載されたものであることは後に認定するところにより明らかであり西と西名が記載だけを捉えて見て同一でないことに問題となる余地はないけれども西名の名は日常よく用いられる極めて書き易い文字であり、読んで目で見た感じはともかくとして、耳から受ける感じは前者はニシ、後者はニシナと発音されるから一応類似性があり、しかも右選挙における候補中西章を除いて西又は西名という氏の者がなかつたことも当事者間に争のないところであるし、成立に争のない乙一号証によれば候補者中その名に西又は名の字のつく者もなかつたことが認められ、右各事実と選挙人に常に必らずしも候補者の氏名を正確に記憶しておらず、そのために従来の選挙において誤記のある投票が多数存する事実を斟酌し、公職選挙法六七条後段を解すれば、本件の投票における西名は西の誤記であり西章の有効投票と認めるを相当とする。検乙一号証には判り易い字で西名と記載されており、西は一字であり、西名は二字であつて同一でないことは極めて明白であるのみならず、西章が平素西名と呼ばれていたようなことも本件では明らかにされていないが、かかる事実によつても前認定を左右することはできない。
原告は西名の名は他事記載であつて無効であるというけれども、検乙一号証に記載された西名とある字の配置、形状運筆等より観察すれば西名は単純に氏だけの意味で書いたものであつて、名が有意の他事記載とは認められない。この点に関し原告の主張するところは本件には適切でない又西名義美は本件の選挙と関係のない者であるし、氏名を書いたものでもなく、同人に対する投票と認めるような根拠も見出せないから、本件の投票が西名義美に投票する意思で西名と記載されたものということはできない。
叙上の次第であるから原告の訴願を棄却した被告の裁決は正当であつて、本訴請求はその理由がない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柴原八一 林観一 原田哲司)